のりたまの徒然草

二児ママの日常記

コロナ禍での出産①

私が出産した産院は特別な事情がない限り、妊婦検診も妊婦一人での来院を貼り紙にて依頼されていました。

 

 

私は一人目の時から妊婦検診はソロだったので変わり映えしない妊婦検診だったのですが、旦那さんとエコー一緒に見れないし、一人で心細い妊婦さんは可哀想だな〜と待合で貼り出された依頼文を見ながらぼんやり思っていました。

 

 

通ってた産婦人科は入り口と待合に貼り紙があるだけで、ソロ通院を直接言われる訳でもないのですが、みんなそれを守っていて治安がよかった印象です。

他の病院だと貼り紙めちゃくちゃあるのに無視してるのとか見かけたので、それに比べると客層がいいんだろうな〜と思ってました。

 

ちょっと料金も高めだからですかね?

1人目の時、最初はもっと安い費用で産めるところ(出産一時金で足が出ない病院)にしようとしてましたが、そういうところは客層が悪くて快適性が損なわれると聞いて産後にそれは辛いだろうな…と判断し足が出てもいいから客層良さそうなとこに決めたのでした。

 

 

先生も割とハキハキと指示してくるので客層悪い人は足が遠のくみたいです。

基本妊婦検診は助産師さんなので、先生には初診のときと頸がん検診のときくらいしか会わないんで私はそんなに悪い印象はないですが。

 

 

確かに私にその安い病院をお勧めしてくれた人は、子どもの年齢を偽ってチケット代をケチりテーマパークに入園する人だったので多分、私の予想は合ってると思います。

 

 

 

そんなこんなで出産は予定日を超過したら、翌日に計画分娩するという予定にしました。朝2歳児を保育園に送る前に陣痛来たらどうする!?ってずっと心配してたので、事前に予定が立てられるのはありがたかったです。

 

娘を保育園に送り出したら病院へ入院です。

面会も立ち合いも禁止なので、娘とはしばし会えません…。

寂しいし切ない…2歳2ヶ月では入院だよって言っても完全には理解できてないだろうし寂しがらないか心配でした。

浦島太郎状態

こんにちは

ご無沙汰しています

 

 

仕事が始まったらブログを書く時間が失われてしまいました

毎日会社と保育園の往復と、家事育児に追われていましたがそれなりに楽しんでいました

公園に行ってピクニックをしたり、池の鯉に餌をやったり、花を見に行ったり…(基本屋外ですね

 

リアルがとても忙しく、充実していた気がします

 

今は新型コロナもあり、育休中のステイホームなので時間ができたという感じです

 

ただ、はてブの書き方を忘れました😌

 

 

近況を報告しますと、昨年男の子を出産しまして現在育休中です

 

ちなみに上の子は今年3歳になる歳で、保育園に継続通園させていただいております

継続通園については悩んだのですが、当時の娘の担任の先生がぜひうちの園は育休退園しなくていい園なので継続通園させてあげてくださいと声をかけて下さったのです

 

産後は体調も本調子になるまで時間もかかるし下の子にかかりきりになってしまうと、構ってあげられなくて寂しい思いをさせてしまうし、お家ではなかなかさせてあげられないような製作やお遊戯、お友達との生活、娘の発達にも心にもいいかなと思って継続通園を決めました

 

 

というわけで仕事復帰してから1年数ヶ月で産休、育休に入った感じです

その1年はとても大変でした

仕事中に保育園から呼び出しもあったし、仕事を休まなきゃいけないこともありました

 

妊娠してからは自分の妊婦検診と、娘の小児科やら皮膚科やら形成外科やら通院の予定が入っている中で仕事の都合をつけるのが難しかったです

 

 

夫も、私が妊婦検診の日や娘の通院の日は早く帰ってお迎えに行ってくれたり、病院に連れてってくれました

 

そんなこんなでなんとか出産にこぎつけ今に至ります

コロナ禍での出産はいろいろと制限もあって初産の方は不安だろうなと思ったので、私の体験談が誰かの不安を和らげたらいいなという願いを込めて思い出しながらレポ書くつもりです

 

 

またよろしくお願いします

 

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保育園に預けて思ったこと

慣らし保育を始めて2週間、1日保育になって1週間経ちました。


一番始めは泣くかなと心配していたけど、基本女の人にはニコニコの娘はキョトンとしていました。



その姿に逆に泣きそうになる私…。

というか実際帰る道すがら泣きました


最近は先生の顔を覚えたのか、先生を見るとニコニコしています。
スムーズに慣れてくれてよかったです。



預けて働く道を選ばざるを得なかったのですが、本当にそれで良いのか迷いました。

可哀想という人もいて、責められているような…



実際私も2〜3歳までは自分で見たいなという気持ちもありましたが、そんなに育休は取れないということ、保育園に入れなくなっても困るという現実的な部分も出てきます。


葛藤しつつも保育園に預けて3週間経ちましたが、

結果、預けてよかったなと思っています。



何より連絡帳や先生と話すことによって、1人で子育てしてる感がなくなりました。


困ったことや、どうしよう?と迷ったりするときにちょっと愚痴ったり相談したりできる相手がいる…

実際3週間の中で、離乳食食べない!とかいつ頃から3回食にするとか、食材はどういうのをあげよう?とかいろいろ相談できたのでよかったなと思っています。


(夫に聞いてもあまり頼りにならないので😂🤭



子どもの発達に関しても、ハイハイが早くなったな〜とか、バイバイをする時があるとか、若干の変化がありました。



最近ありがたかったことは、私が体調を崩したときも快く預かってくれて、ゆっくり病院に行って養生することができたことです。
おかげさまで1日で復活🙌




悪いところは、仕事の時間が長く感じられて、まだ定時じゃないのか〜😂と思うことが増えたことですかね…

満開お花見日和✿❀

今日は暖かくてお花見日和でした!


FUJIFILMの安価なミラーレスで撮影したけどいい感じ!
腕も全然よくないので、何をどうしたらよいのか試行錯誤しながら撮っています。

色はFUJIFILMいいって聞きますが並べてみたわけじゃないので私にはよくわかりませんが…💦


あとここは日陰だったので全体的に暗めですが💨


この機種はWi-Fiで撮影した画像を携帯に送れる機種なんで、ケーブルとかなくてもすぐSNSに投稿できて便利です。



最近までアプリで繋げるとき、四苦八苦していたのですが、バージョンアップしたらストレス全く無く繋げられて快適です✨✨✨

妹はSONYの昔の機種なので、Wi-Fiで飛ばせる?USBだかカードだか使ってました。


最近はもっぱら、娘の記念になりそうな写真はこのカメラで撮影しています。

フォトスタジオも行ってみたいですが、とりあえずこちらのカメラで満足しています😂

東日本大震災の日から8年

今日は東日本大震災から8年の日ですね。

 

 

 

 

 

 

テレビをつけたら追悼式が中継されていたので黙祷を娘を抱きながら一緒にしました。

 

 

 

 

 

 

あの日のことは8年前といえどもはっきり覚えています。私はまだ結婚しておらず甲信越の地元に住んでいて仕事が代休の日でした。

 

 

 

 


当時の私は暇さえあれば同じ町内に住む祖父母の家に遊びに行っていたのですが、その日も昼ご飯を食べに行っていたのです。

 

 

 

 


突然長くて大きな揺れが起こって、その揺れはこれは震源地はここではなく、どこかでエライ大きな地震が起こったに違いないと確信するようなものでした。

 

 

 

 


揺れるタンスを背にして、一人で祖父と祖母を守れるだろうか、避難が必要かどうか考えていました。

 


揺れがおさまって情報を得るためにテレビをつけたら信じられないような光景が映し出されていました。

 

 

 

 

 

 

東日本大震災でした。

 


私の地元からはだいぶ離れたところでしたので、私たちに被害はなかったのですが震源地は家屋が崩れたりしていて大変なことになっていました。

 

 

 

しばらくすると、黒い波が押し寄せて街を呑み込む様子も…。

 


祖父が海水に畑が呑み込まれる様子を見て、嘆いていたことを覚えています。

 

 

 

テレビに映し出される映像は映画の撮影のように思えて、現実に起こっていることだと信じられませんでした。

そのくらい、生中継されていたあの光景は衝撃的で忘れることができません。

 


思い出そうとすると動悸がします。

 

 

 

 

 

 

あの日の夕方、仕事から帰宅した母に、おじいちゃんおばあちゃんのとこなアンタが居てくれるのわかってたから安心して仕事していられたわと言われたことも覚えています。

 

 

 

 

 

 

 


東日本大震災の影に隠れてしまいがちですが翌日、地元の近くの村でも大きめの地震が起きてまた揺れたので恐怖で神経がすり減ってしまい、いったい日本はどうなってしまうのだろうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 


震災は仕事に大きな影響を与え、いくつかの法改正や通達などで震災の影響で変わった仕事をするうちに実感が出てきました。

 

 

 

人が亡くなる悲しみ、遺体が帰ってこない悲しみ、だからこそ生存を信じたい人…

 

 

 

いろんな人がいるだろうなと仕事をしながら考えていました。

 

 

 

 

 

 

 


8年経った今、一緒に中継を見ていた祖父母は亡くなり、震災を知らない娘が生まれ、こうやって世代交代をしていく中でだんだん風化していってしまうのかなぁとぼんやり思いました。

 

 

 

 


だけど、地震津波で亡くなった人はもちろん、自分を犠牲にして最後の時まで避難を手伝った人や、自分の家族が行方不明なのに仕事で災害対策に出なければならなかった人、避難生活での心労で亡くなった人、生まれ育った故郷を離れなくてはならなくなった人、放射能汚染の風評被害にあっている人…

数字では表せない沢山の被災者の方がいます。

 

 

 

決して風化させてはならないことだし、東日本大震災で培った防災対策を活かして震災を知らない世代に語り継がなければならないなと思いました。

保育園準備に大活躍!ガーリーテプラ!

保育園の準備は記名が大変とよく聞きます。

私も娘の服、肌着、パジャマ、タオル等々必要なものを集めるために奔走中ですが、その全てで記名が必要なのです!!

まず買ったのは、お名前ハンコ。 様々なサイズが入ったお名前のゴム印。

便利ですね〜

こんな感じのやつです。

おむつやおむつを持ち帰るための袋にも記名が必要なのでいちいち書いているのは無理!!

あと続いて買ったものはガーリーテプラ。

実は私が欲しかっただけw

なんとテプラPROシリーズはリボンにも印字できるのです!!!

しかもガーリーテプラには可愛いフォントやフレームがインプットされていて、素敵なお名前タグが作れます😍😍

パソコンで自由に絵を入れられるやつにしようか迷ったのですが、パソコンなんてめんどくさがって開かないこと確実だったのでこっちにしましたが大正解!!!!

このタグをつけたらお名前タグの出来上がりです。

縫わなくても、スナップボタンを付けるだけでも大丈夫です。

もちろんリボンじゃなくてもアイロン転写やアイロン接着のテープもありますので大丈夫ですよ👍

用意するのもテンションが上がって楽しいです。

是非是非😍

確定申告!

確定申告の受付がスタートしました!

去年出産した人はほとんどの人が医療費が10万円は越えていると思います。

私は丁度妊娠判明が一昨年の12月頭だったので、年始から出産まではずっと検診費用もかかっていたのでその分も含めたら20万以上かかっていました。

女性保険などで保険金が下りた方はその補填分で賄える方もいらっしゃるのかもしれませんが、私は入院保険は入っていませんので、出産一時金から出た分は全額自費です。

この分申請しないと損!というわけで、私は国税庁の確定申告書作成コーナーというところで作ったのですがとても簡単でした。

私が手元に用意したのは

*源泉徴収票

  • 医療費の領収書(または医療費の通知)

  • 保険料控除証明書(年末調整で漏れた分)

  • ふるさと納税の納税証明書

以上です。 まず入力する前にすることは、医療費の領収書をまとめること。

サイトで入力して明細書を作るのですが、医療を受けた人、支払先等で分けて入力します。

つまり妊婦健診のように同じ人が受けて、同じ病院に支払ったものについては全て合計した金額を入力すればよいのです。

なので、医療を受けた人、支払先ごとに仕分けをしてそれぞれの合計金額を出しておくと楽です。

ちなみに家族全員の分を1人がまとめて申告できますので、1番年収の高い方が申告されることをお勧めします。

画面に沿って各事項を入力するだけ!

ちなみに株や不動産などの利益がない場合、つまりごく普通のサラリーマンで収入がお給料だけの場合です。

出産一時金や育休手当は収入の対象にはなりませんので要注意です。

先にも述べたように保険金が下りて補填が聞いた分は除外されるそうです。

入力が終わったら印刷し、添付書類を付けて税務署へ。

私(というか夫)の場合はマイナンバーの通知カードと免許証、源泉徴収票(原本)、ふるさと納税の納税証明書、生命保険の保険料控除証明書です。

マイナンバーカードがあれば免許証いらないんだよなぁ…手間だけど無料で作れるなら作っとくと便利かもしれません。

ふるさと納税のワンストップ特例制度でも使えるし…

医療費控除の期限は5年前まで! お忘れなきようお気をつけ下さい!

所得税(確定申告書等作成コーナー)|国税庁